地理本ジャーナル

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【書評】新書で味わえる隣の文化人類学『フィリピンパブ嬢の社会学』(中島弘象)

 

フィリピンパブ嬢の社会学 (新潮新書)

フィリピンパブ嬢の社会学 (新潮新書)

 

 題名に偽りあり!社会学じゃない、渾身のルポである

社会学そのものも定義は曖昧ですが、間違っても「社会科学」の本ではありません。フィリピンからの入国者数くらいしか統計は出てきませんし。優秀な大学院生の修論や博論だと思ったら騙されます。純粋な大学院生がフィリピンパブのホステスと恋に落ちていく過程をみずみずしく、リアルに表現したルポタージュ。障害が二人を強くしていく恋愛小説を読んでいるような気分になります。

解説を読んで仕上がりに納得

主人公の自己紹介的な描写は少ないけれど、純朴で正直で、学業は今ひとつだけど年上の女性に可愛がられる、感じの良い優男な人柄が浮かび上がってきます。おかげでついつい著者に感情が移入します。新書のかっちりさっぱりした読後感はないのに、本書の世界に入っていけるのは編集の技術が素晴らしいからでしょう。

違法ルートで入国した典型的なフィリピン人の彼女

主人公の研究対象であり恋人である彼女「ミカ」は偽装結婚で入国した25歳の美しきフィリピン人。家族に送金するために、あやしい勢力に管理された環境で働く典型的なフィリピンパブ嬢。2005年の入管法の改正によりフィリピンからやってくる踊り子やミュージシャンに「興行」ビザが出にくくなってしまたことが、結果的に偽装結婚を増大させている。日本人の配偶者という立場は強いため、この方法を利用して入国するケースが増えているというわけです。

東南アジアものに最近ありがちなステレオタイプ的男女の関係性

仕方がないことだし、この本だけの話ではない。ただこの手の話に出てくるフィリピン嬢は、実は賢くて、出会った主人公(本書では著者)のことを本気で好きになってしまう、真面目で美しいひとであることが多い。フィリピン嬢を囲い、それを利用する業者とバックにいる暴力団の存在など、ダークな側面を浮き彫りにするために仕方ないのですが、何と無く物足りないところがありますね。日本人も、フィリピン人も普通の容姿で、騙されたり、殴られたり、裏切られたりという生臭い人間関係が中心の物語があってもいいのではないかと感じました。

小気味良いテンポとテイスト

とはいえ、一気に読めちゃいます。著者の家族、周囲のひとびとの反応、フィリピンにいるミカの家族の振る舞いに多分そうだろーなーというリアリティを感じます。文体も端的、短い。ルポや小説の手法を取り入れることで読者の想像力を掻き立てることに成功しているし、偽名などのフィクション感が気にならないほど、臨場感をもって展開されていきます。

文芸中心に読書をしている女性の方にもおすすめできる異文化コニュニケーションものに仕上がっています。ぜひお手にとってお読みください。ドキドキします。