地理本ジャーナル

地理、鉄道、道路、地形、山、たまに政治経済。の周辺をとにかく紹介していくブログです。

【書評】古の文書に塗れたくなる公文書特集。『東京人2017年4月号 探検!国立公文書館 資料の海を渡る歓び』

 

東京人 2017年 04 月号 [雑誌]

東京人 2017年 04 月号 [雑誌]

 

古いインクのにおい、バサバサの紙、壊れそうな背表紙。過去の空気にすっと吸い込まれる「古い文書」の世界はいいものですよね。

今月の東京人は、そうした古い書物の殿堂、国立公文書館の特集です。

冒頭、著名な歴史家、公文書館館長らの豪華な座談会から始まります。その後は、名高い収蔵資料を江戸時代から順をおって紹介していきます。伊能図や紅葉山文庫の資料の数々、大日本帝国憲法の原本、オリンピックに関する公文書などを、歴史家、作家らが紹介していきます。専門家、著述家と公文書館との「交際歴」。単なる資料自体の説明ではなく、資料の背景、新たな解釈について大変興味深い解説が加わります。

写真は美しく、記事内容ももちろん楽しいのですが、国立公文書館の「使い方」について詳細な記述があるのも嬉しいところです。以前思い立って公文書館に行こうとしたことがあったのですが、何となく敷居が高い感じがして、やめてしまったことがありました。今回の記事で行くことができそうです。

他の先進国と比較すると、日本の公文書管理の歴史は浅い(1971年から。欧米は19世紀にすでに存在)。公文書管理法が施行されたのも2011年とごく最近。まさにこれからなんですね。もっと公文書が身近になるような企画、出版事業を展開してもらいたいです。

高齢化が進む今、歴史に興味のある人の人口はどんどん増えていくと思います。私も年々歴史に対する興味が湧いてきています。

お気に入りの時代や人物を、実際の資料で確認していくことの興奮、知らない事実に偶然出会った時の感動は計り知れないものなのでしょう。

是非一度訪れてみたい、そう思える一冊でした。ぜひご覧ください。 

【書評】ジャケ買いをちょっと後悔、電車本というより根拠の弱い自己啓発本『電車でお得に日常を離れる週末「テツたび」ライフ』(鈴木翔)

 

電車でお得に日常を離れる 週末「テツたび」ライフ

電車でお得に日常を離れる 週末「テツたび」ライフ

 

著者には大変申し訳ないのですが、見た目で買ってしまったことを少し後悔しています。週末旅行テクニック集を期待していたのですが、根拠の薄弱な自己啓発本のような内容でした。正直にいうと、ほとんど得るものはありませんでした。

本書の形式は、鉄道旅の心構えや準備、テクニック(というほどの内容ではないのですが・・)を2から3ページで完結するエッセイです。

著者は、プロフィールを見る限り1982年生まれなので、このブログのエントリーを書いている時点(2017年3月)で34〜35歳だと思います。が、年輩者に説教されている感じです。例えば次のようなところです。

旅ができない人はリセットできません。今の人にはこういう考えがない気がします。(12p)

愚痴、悪口、噂話をしている人は優等生に多いです。我慢は万病の元です。優等生は気持ちの乱高下が激しいので、過激な発言をした後はものすごく落ち込みます。(48p)

鉄道と関係のない話が多かったり、根拠がない話で妙な言い切りを多用するあたりが非常に気になります。文章も全体を通して稚拙な印象です。プロの編集が入っているようには感じられませんでした。

全体で158p。一話が完結すると改ページするので余白も多いです。内容は非常にシンプルなので一気に読めてしまいます。テクニックも全くないわけではありません。大型書店の鉄道コーナーに平積みされていますので、もしフィーリングがあえば。

【書評】経済学って構えないで。政策立案への応用に期待。やさしい因果推論入門『「原因と結果」の経済学』(中室牧子 津川友介)

 

「原因と結果」の経済学―――データから真実を見抜く思考法

「原因と結果」の経済学―――データから真実を見抜く思考法

 

 2度目のベストセラーなるか

最近、書店のビジネス書コーナーでたいそうにヒラ積まれています。それもそのはず、著者の一人は昨年のベストセラー『「学力」の経済学』の著者です。

biztai.jp

装丁の豪華さのわりには、ページ数も少なく、行間広め。余白多めなのですいすいとページがすすんでいきます。

内容も「経済学」というほど体系だったものではありません。通説は誤っているケースもあり、科学的に検証すると全く違った結論になることがある。ビッグデータの時代、根拠(データ)による意思決定が必要。そのための有効な手段として因果推論という方法があるよ、という内容がかなり平易に解説されています。

ビジネスマンを強く意識した構成

ビジネスマンを意識しているためでしょう、ジュエリーショップの店長が自分のお店の売り上げを最大化するためにどのような広告戦略をとるべきかを検討するという設定をもちいます。その際にどのようなデータがあれば意思決定しやすくなるか等を様々な因果推論手法を当てはめて解決していきます。学術研究の紹介も、「テレビと子供の学力」「メタボ検診と長寿」などとっつきやすいテーマになっています。

ランダム化比較試験の重要性

本書で頻繁に出てくる「ランダム化比較試験」。帯にも登場する西内啓氏のベストセラー『統計学が最強の学問である』にも度々出てきますが要は、

「条件の似ている二つのグループを作り、一方はなにかしら工夫し、一方は何にもしない。これでアクションを起こしたときに二つのグループに変化があるか。変化があれば、工夫の効果といえるのではないか。」

という考え方。本書では都合のよい条件が作り出せなかったり、本当は同じ条件ではないのに、同じ条件だと誤解して結論をだしてしまったりするため、悪条件下でも、いかに「確からしい」解釈ができるか、その方法を述べています。

 

 

 

 

 

この手法をどう行政に生かすのかが重要

経済学、統計学の有用性認めたうえで、為政者がこれをどこまで理解できるか。しかも正しいもとのして理解できるかどうか。

本書内では、驚くべき世界中の学説が紹介されています。

「テレビをみると偏差値があがる」

「大学の違いは、卒業後の賃金に影響しなかった」

これらの研究成果における計算の課程が正しいか否かを確認することが困難、ということが一つの問題だと思います。

いま話題のEBPM(Evidence Based Policy Making 証拠に基づいた政策形成)を実現するには、政府の中に、腰をすえてデータと向き合う職員が必要でしょう。また外部から定期的に結果を検証するプロセスが必要だとおもいました。これができれば、本書の手法で導き出されたデータは、強力な根拠になりうると。そもそも、医療政策や社会保障政策、貧困対策は、時の政権によって安易に変更されるべきものではないでしょう。こうした分野でこそ、より多く活用されるべきです。

原因がこの結果を生みだしているだろう、という仮説を設定し、正しい方法で調査し、調査結果に応じて経済政策を行い、法整備をすすめるという一連のプロセスが重要であると感じました。

東京ー新大阪間の新幹線車内くらいにもってこいの分量です。ぜひ。

【鉄道】台湾・桃園空港から台北中心部までの鉄道開通!充実グルメ本『激ウマ! 食べ台湾 ひとり旅でも大満足、食べまくりローカルフード65軒』も紹介。

mainichi.jp

路線図⇩

台北捷運(MRT)公司モバイルサイト

20年がかりの完成です。台北最大の空港である桃園空港からMRT(地下鉄)で直接、台北市街に行けるようになりました!今まではバスかタクシーで行くしかなかったのですが、これで不安なく都心部まで行けるようになります。

台北は、日本人だとわかると話しかけてくれたり、気を使ってくれたり。食事もおいしいし、何より近い。外国であることを忘れてしまうぐらい快適ですよね。

そういえば、こんな台湾グルメの本も新たに出ました。萌え系の表紙からは想像できない中身の充実度です。メジャーなガイドブックには出てこないお店がたくさん載っているようですよ。前回行った時には、この筆者が主催しているブログ、グルメマップに大変お世話になりました。

久々に台北、行きたいな。

www.tabetaiwan.com

激ウマ! 食べ台湾 ひとり旅でも大満足、食べまくりローカルフード65軒

激ウマ! 食べ台湾 ひとり旅でも大満足、食べまくりローカルフード65軒

 

 

 

【書評】新書というより教義書のような悟りの本 『仕事なんか生きがいにするな 生きる意味を再び考える』(泉谷閑示)

 

 

仕事なんか生きがいにするな 生きる意味を再び考える (幻冬舎新書)
 

 「本当の自分」というものは、どこか外に待ち受けているものではなく、自分の内部を、「心=身体」を中心にした生き物として自然な在り方に戻すことによって達成されるのです。

結構、腹におちた一説です。一言で本書の論旨を言い表しています。

この内容を様々に表現。心理学者や芸術家の文章を引用したりして繰り返し語りかけます。考えるな、感じろ、と。

私自身が、なにかにはまった方が楽だと思うタイプだからでしょう。資格だったり学歴だったり、職業の内容だったりにいままでこだわってきたので、余計にこういう考え方が気になってしまうのです。

労働には自分の価値を体現する機能はないのですよ。わかっているんですけどね、どこかでは。けれど、それを求めてしまう多くの日本人に対して警鐘をならす書になっていると思います。

「即興」で行動する、「あえて面倒くさいことをやれ」というメッセージもささりました。ぱっと思い出すのはタモリの人生観。人生はジャズのようなものであると。型をもとめることは、自分を狭めている。型にはまりにいって、はまらなければ「何かが足りない」と悲観してしまう。そうですよね、そのとおりなんですよ。

このブログは、考えるより、感じることを書くことにしているつもりなのです。

 正直な感想は、本書は繰り返しがくどく感じます。それはおそらく刺さりすぎるからなんだろうと思います。それくらい内面と向き合うことを要求される「良薬」。重さは軽く味は濃い一冊です。是非一度ごらんください。私も少しおいてもう一度よんでみます。

【書評】皮肉とファクトと怒りの融合。『損する結婚 儲かる離婚』(藤沢数希)

 

損する結婚 儲かる離婚(新潮新書)

損する結婚 儲かる離婚(新潮新書)

 

半分ノウハウ、半分評論

21時か22時に始まる新しい連続ドラマのようなタイトルです。昨今話題の離婚、不倫ニュースが題材に使われていますが、そればかりではありません。具体的な結婚、離婚の手続きを弁護士が解説している本でもありません。が、得する制度活用の方法はわかりますし、結婚に臨む哲学を得ることができます。

元研究者・元金融マンの作家が冷静に語る中くらいのノウハウ本、中くらいの社会評論になっております。シニカルな文体が心地よく、クセになる感じです。

論旨は明快。平等が生み出す不平等。

結婚契約は一種の金融債権を購入する契約。『みなが平等に「みえる」制度設計が、実は一部の人間を利している。本書の読者はこれを利用した方がいいよ。けどこれっておかしくない?是正して、みんながハッピーになるようにしようぜ。』と言うのが一貫した論旨です。

結婚後の「フロー」が大事

 私は知らなかっのですが、有責がはっきりするまで婚姻費用(本書内ではコンピ。弁護士業界用語)は、結婚後の所得(フロー)の多い方が払う。結婚までに蓄財した財産は問わない。別居している間、離婚成立するまで払わないといけないのですね。そこは男女関係ない。だからヒモと結婚しちゃうと女性は大変です。

終わりを知って、物事に取り組む重要性を感じます。こんな感じでリアルな「離婚後の経済」を裁判実務や、判例、事例による所得計算などを通じて明らかにしていきます。

 似ている。

誰かに似ていると言うのは失礼だとは思いながらも、あえて言います。

橘玲さんにそっくりです」

作者名を変えて出版してもわからないかも。

と思ったらやはりお二人、対談されてました。

diamond.jp

キャリア形成の過程はだいぶ異なるようですが(著者は研究者→金融会社勤務、橘氏は編集者→作家)、金融に精通している点で一致しています。

極めて冷静な筆致。豊富な金融・法律の知識。ファクトに基づいた論理展開、自然科学の知見に立脚して社会制度の矛盾を指摘する様。似てます。かなり似ています。

もっとこのタイプの論客が必要

このタイプの論客が増えることが必要だと思います。世の中の常識に冷静にツッコミを入れることが変革につながる。

本書の結婚制度の議論もまさにそうで、実際には「一夫多妻制なんてあり得ない」と思う人が多いし、世論はそれを補強する方向に動いてしまうことが多い。建前先行。

しかし冷静に統計データを見てみる、動物の本質を理解する、自然科学の知見と現実社会が結構リンクしていることを知る(猿であったり、社会制度の未発達な民族で行わている子殺し。先進国では刑事罰だが事実上同義の「中絶」が恒常的に実施されているなど)ことで、事実が見えてくる。そこを冷静に改善して行く。

筆者は、リベラルな思想の持ち主なのでしょう。ところどころに女性への配慮が滲んでおります。キリッとした白ワインのような作品です。ぜひお手に。

【書評】新書で味わえる隣の文化人類学『フィリピンパブ嬢の社会学』(中島弘象)

 

フィリピンパブ嬢の社会学 (新潮新書)

フィリピンパブ嬢の社会学 (新潮新書)

 

 題名に偽りあり!社会学じゃない、渾身のルポである

社会学そのものも定義は曖昧ですが、間違っても「社会科学」の本ではありません。フィリピンからの入国者数くらいしか統計は出てきませんし。優秀な大学院生の修論や博論だと思ったら騙されます。純粋な大学院生がフィリピンパブのホステスと恋に落ちていく過程をみずみずしく、リアルに表現したルポタージュ。障害が二人を強くしていく恋愛小説を読んでいるような気分になります。

解説を読んで仕上がりに納得

主人公の自己紹介的な描写は少ないけれど、純朴で正直で、学業は今ひとつだけど年上の女性に可愛がられる、感じの良い優男な人柄が浮かび上がってきます。おかげでついつい著者に感情が移入します。新書のかっちりさっぱりした読後感はないのに、本書の世界に入っていけるのは編集の技術が素晴らしいからでしょう。

違法ルートで入国した典型的なフィリピン人の彼女

主人公の研究対象であり恋人である彼女「ミカ」は偽装結婚で入国した25歳の美しきフィリピン人。家族に送金するために、あやしい勢力に管理された環境で働く典型的なフィリピンパブ嬢。2005年の入管法の改正によりフィリピンからやってくる踊り子やミュージシャンに「興行」ビザが出にくくなってしまたことが、結果的に偽装結婚を増大させている。日本人の配偶者という立場は強いため、この方法を利用して入国するケースが増えているというわけです。

東南アジアものに最近ありがちなステレオタイプ的男女の関係性

仕方がないことだし、この本だけの話ではない。ただこの手の話に出てくるフィリピン嬢は、実は賢くて、出会った主人公(本書では著者)のことを本気で好きになってしまう、真面目で美しいひとであることが多い。フィリピン嬢を囲い、それを利用する業者とバックにいる暴力団の存在など、ダークな側面を浮き彫りにするために仕方ないのですが、何と無く物足りないところがありますね。日本人も、フィリピン人も普通の容姿で、騙されたり、殴られたり、裏切られたりという生臭い人間関係が中心の物語があってもいいのではないかと感じました。

小気味良いテンポとテイスト

とはいえ、一気に読めちゃいます。著者の家族、周囲のひとびとの反応、フィリピンにいるミカの家族の振る舞いに多分そうだろーなーというリアリティを感じます。文体も端的、短い。ルポや小説の手法を取り入れることで読者の想像力を掻き立てることに成功しているし、偽名などのフィクション感が気にならないほど、臨場感をもって展開されていきます。

文芸中心に読書をしている女性の方にもおすすめできる異文化コニュニケーションものに仕上がっています。ぜひお手にとってお読みください。ドキドキします。